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by ura-rumba
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<   2013年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

さてさて今回も、ビックリッコ大集合「はるちゃんの歌Ⅵ」の後半部、自称80年代マニアの男の子(お兄ちゃん)のセリフ解説『佐野元春』編……といいますか、前回はうまくまとまらず、本題に入るまでに至らなかったので、今回こそ、本筋から逸れることなく、ご説明・解説をさせていただけたらと思います。よろしくお願いします。

まずはこちらから



佐野元春を通じてブルース・スプリングスティーンやバディ・ホリーを知る…
そんな発展的な出会いもしてみたかった!


ブルース・スプリングスティーンもバディ・ホリーも、80年代当時良く聴いたりしてましたね。本来ならば接点などないような音楽を聴くきっかけをくれたのも元春でした(ここはあえて元春で呼ばせていただきます)。例えばもし私が元春ファンでなかったらあの時「VISITORS」と出会わなかったら、サウンドストリート月曜日・“ブルーマンデーをぶっ飛ばせ”の元春レディオショーも聴かなかっただろうし、だとすれば、ブルース・スプリングスティーンはただ単に「Born in the USAの人」だったろうし、「50’s音楽といえば?」と訊かれても「えっと…ヘイポーラ?…あ、あとアレ…ダイアナ?」程度だったと思います。ちなみに私にとっての、ブルース・スプリングスティーンのNO.1ソングは『THUNDER ROAD 』、バディ・ホリーのNo.1ソングは『THAT'LL BE THE DAY 』です。

♪THUNDER ROAD ブルーススプリングスティーン@YouTube


さて次はこちらの会話。



女の子 「ちょっと、あんまり興奮しないで…」

はる父 「あんちゃんは、佐野元春とやらが随分と好きなんだねぇ…」

男の子 「ああ、そうだよ。最高だよ元春はぁっ!!言っとくけど、こうみえて僕は           「SOMEDAY」完璧に歌えるからねっ!!♪まちのうたがきこえてきてぇ~♪」

女の子 「おにいちゃん…話がだいぶ逸れてる…」



だからなんだよ、って感じのシーンですが(笑)

84年初め、「VISITORS」を良く聴いていたのとほぼ同時期、ちょっと遅れてですが、ベストアルバム「No Damage」もかなりの入れ込みで聴きいていました。それをきっかけに、さらに、初期のアルバム「BACK TO THE STREET」「HEART BEAT」「SOMEDAY」も後追いでもう夢中になって聴きまくり、85年にはデビュー当時からファンだったような顔をしてライブ参戦してましたw

…さて、男の子のセリフに登場する、珠玉の名曲『SOMEDAY』。「No Damage」では3曲目、「SOMEDAY」では6曲目。イントロの、車のブレーキ音・クラクション音がとても印象的です。初期の佐野元春は「??」だった私…とはいえ、さすがに『SOMEDAY』は知ってました。あ~聴いたことある!程度でしたけど。でも「No Damage」でちゃんとしっかり聴いてみて、繊細で複雑な歌詞が、実に見事に、絶妙に、メロディーにのせられていることを知り、ある意味「VISITORS」を聴いた時と同レベルの衝撃を受けました。で、これは完璧に覚えたい、♪若すぎてぇ~なんだかわからなかったとが リ~アルに感じてしまうこの頃さ♪のような特殊な歌いまわしの箇所も完璧に歌えるようになりたい、と、曲に合わせて何度も練習して。で、だんだん、曲を聴くというより歌うために曲をかけるみたいな感じになっちゃって、何やってんだ私ってw 
…ちなみに、この『SOMEDAY』と、『COMPLICATION SHAKEDOWN』『COME SHINING』『NEW AGE』『IT'S ALL RIGHT』が、いつか必ず完璧に歌えるようにすると心に誓った、佐野元春ファンになりたての当時の自分の“5大課題”でした(笑)

…とまぁ、こんな経験から生まれたセリフということで。最近はじっくり聴くことが多いです。歌うことは滅多にない……あ、たま~に、ね。


はるちゃんだって、観ようと思えば、「ファイティング80’s」の佐野元春だってちゃんとリアルタイムで観られたはずなんだ!

前回の記事でも少し触れました「「ファイティング80’s」(TVK)。80年~83年放送の、宇崎竜童がMCの音楽番組です。本当にたまに~観てる感じでしたね。しかも当時は群馬テレビでw。…でも薄っすらとした記憶しか残ってなくてね。何せ30年も前のことなので。年も取ってきたし(…おっとシャレんなんない)。真剣に観てなかったのかなぁ、あんまり。今じゃ本当にちょっと考えられないけど。何せ当時は恐ろしいほどのYMOバカだったからw …ゲストのアーティストのライブがメイン。あと、何か屋上のイメージがある。ライブとは別コーナーだったと思うけど。違うかな。RCサクセションも何度か出演していました。それはすごく覚えてる。


ライブに行って、「ロックンロールナイト」の感動や、「ハッピーマンメドレー」の熱狂、
「そして最後に!そして最後に!!そして最後に!!!…スーパーダイナマイトサキソフォン、ダディ柴田!」だって生で体感できたかもしれないし、「VISITORS」での衝撃的ともいえる路線変更に、「元春、ニューヨークで一体何があったんだよ!俺も変わりたい!!」って
それをきっかけにNYに渡ったかもしれないんだっ!!


私の佐野元春ライブ初参戦は1985年3月15日のVISITORS TOUR(埼玉会館)。オープニングから総立ちのライブなんて当時の私にとってはもう初めてだったので、まぁ緊張しました。うわ、みんな手拍子だけじゃない!!体動かしてる!!あの人なんか本格的に踊ってる!!…ただただ棒立ちの自分…ホントもうどうしようかと(笑) それまで元春が動いている姿を殆ど見た事が無い状態からの初ライブだったので、それはそれは衝撃的でした。自分が抱いていたイメージよりもさらに大きくはみ出してる感じ。明らかに初めて体験する感覚でしたよね。心の奥で眠ってた何かが飛び出してくるような……そうか、これが、これこそがロックかと。何かベタな表現ですけど、まさにそんな感じだったんです。あと、ラジオの時とは全く違う、ライブ独特の声でのMC……あれを聴かされちゃったら、そりゃぁどうしたって、完全ノックアウト012.gif

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こちらは「VISITORS TOUR」のチケット半券。通常のチケットよりもかなり小さく、ちょっと厚めで固くて、一昔前の切符のような感じ。…私この頃、チケット半券をアルバム保管していたので、この頃のチケットは比較的キレイに残ってます。…しかしこのチケット、めちゃくちゃカッコよくないですか?ねぇ!


「ロックンロールナイト」の感動、「ハッピーマンメドレー」の熱狂、そして、ダディ柴田

「ロックンロールナイト」は心に沁みる、“サビ大合唱系”の名曲(サビ大合唱系”なんて言葉無いか)。会場が完全にひとつになるのがリアルにわかるというか……張りつめたような独特の空気になる。そこが凄く好きでした。

「ハッピーマンメドレーの熱狂」、「そして最後に!そして最後に!!そして最後に!!!…スーパーダイナマイトサキソフォン、ダディ柴田!」については、私がとやかく説明するより、この辺の映像を観ていただいたほうが分かるかと。


♪ハッピーマン・メドレーその1 
♪ハッピーマン・メドレーその2 佐野元春 with The Heartland @YouTube


さて。

「はるちゃんの歌Ⅴ・Ⅵ」解説、なんと“その8”までかかってしまいました。この調子だと、完結編までたどり着くのに相当かかりそう…。でも、9月中…10月…今年中にはなんとかw

あ、思い出した。…初めてのライブ参戦で何が一番焦ったって、
「B」「E」「A」「T」…「BEAT !」「BEAT !」「BEAT !」「BEAT !」…がうまく合わせられなかったことだな。あれはマジでつらかった! あれじゃ、デビュー当時からのファンで無いことは一目瞭然だっちゅーの。…だっちゅーの?


ではまた001.gif
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by ura-rumba | 2013-08-23 20:44 | ビックリッコ
さて今回も前回に引き続き、ビックリッコ大集合「はるちゃんの歌Ⅵ」の後半部、自称80年代マニアの男の子(お兄ちゃん)のセリフ解説です。今回は特に佐野元春を中心とした80年代音楽について若干キレ気味に語る部分の解説というか、80年代当時の私の…佐野元春に対する半端ない想いとか?…まぁその辺を踏まえながらいろいろと触れていけたらと思っています。よろしくお願いします001.gif

はるちゃんがあんたの身勝手のせいで世の中の文化から遮断されてた時期…
70~80年代初めには、あんなに優れた楽曲にあふれてたのに…
世良公則、原田真二、Charのロック御三家、サザンオールスターズ、ゴダイゴ、
プラスチックス、イエローマジックオーケストラ…そしてあの、佐野元春の登場ですよ…


この部分は70年代終わり~80年代、私が好きだったアーティストをただ単に並べただけですね。Char、サザン、ゴダイゴはほんのちょっとの間だけでしたけどね。本当に突発的な発熱みたいな感じ。プラスチックスも私ではなく兄が聴いていて、それが勝手に耳に入ってくるというか、同じ家の中で否応無しに聴かされていたというだけで、でもまぁ、どちらかといえば好きなタイプ(なんだそれ)。しかし「世良さん・原田真二・YMO・元春」(←当時私が実際にしてた呼び方。原田真二はなぜか原田真二)はもう…半端ないです。どれも“心の支え”レベルというか、頭の中をほぼ埋め尽くしている感じでしたよね。今思うと、あの状態でよくテストとか受けてたよなぁ、なんて。…あ~ただ世良さんはそこまでは……まぁいいかw。
で、上に挙げたすべてについて語るととんでもない長さになってしまうので、ここからは男の子のセリフの中心である「佐野元春」に絞って、解説・ご説明させていただきたいと思います。

   ↓↓

僕だってあの時代をリアルタイムで体験したかった!
若き佐野元春のシャウトに胸躍らせたりしたかった!
さらに言えば、
佐野元春を通じてブルース・スプリングスティーンやバディ・ホリーを知る…
そんな発展的な出会いもしてみたかった!
タイムマシンがあれば今すぐにも飛んでいきたくらいだ!!

な~んて、お兄ちゃんに熱く語らせてしまいましたが、なぜこんなセリフを言わせたのかといいますと、何あろうこの私自身が、80年代~90年代と長きにわたり佐野元春の大ファンだったからです。ただそのことを間接的に伝えたくて、このシーンを作ったといっても過言ではないかもしれないw

b0040296_20364341.jpg私が佐野元春の音楽に出会ったのは、1984年。アルバム「VISITORS」が発売されたちょうどその頃です。あ~それ以前に、81?82年くらいですかね、TVKの「ファイティング80's」(男の子のセリフの後半部にも出てきますが)という番組で歌っているのをチラッと見たことはありました。ただ、その頃私の頭の中はYMO一色で、正直あまりピンとこなかったです。“何か沢田研二みたいな人だな~”程度だった確か(たぶん服のせい)。…しかし今思うと、その時私は一体何の曲を聴いたんだろうかと。だって今は絶対に馴染みの曲のはずだし。それに、当時の元春を見て聴いてピンとこないなんて、ねぇ。ありえない普通。今思えばですけどね。その後、やはり82年くらい?に、当時の人気サブカル雑誌・ビックリハウスでも特集組まれてたことがあって、載っていた詞に「おっ」と思ったことは思ったんですが、それでも聴くまでには………節穴だったんですかね~。また若干話逸れてますね~、戻します。

「VISITORS」発売が84年5月。当時、私は辛うじて十代。辛うじて。ギリ。あと数ヶ……まぁいいか。それまではYMO関連ばかり聴いていました。
83年12月にYMO散開。で、マイケルジャクソンのスリラーのPVに「キャ~♪」となったのもちょうどその頃。てことで、84年からはYMOとマイケルなど洋楽を半々くらい……つまり、テクノ系の音楽だけでなく、洋楽ポップスも徐々に受け入れつつあった、ある意味タイムリーとも言えるタイミングで、佐野元春の「VISITORS」と出会ったわけです。…あー何かうまく言葉にできないな。どうしよう。つまり…たぶん「SOMEDAY」だったらそこまではまらなかったかもしれないというか。もちろん「SOMEDAY」もそれ以前のアルバムも後追いで聴いて物凄くはまりましたが、YMO+洋楽からの「VISITORS」だったからこそ、あの時、ある意味YMOを忘れるほど、あれだけはまったんじゃないのかなぁ…なんて、自分で勝手に思っているわけです。…しかし「VISITORS」の一曲目、「COMPLICATION SHAKEDOWN」を聴いた時のあの衝撃はもう半端無かったですね。今聴いても当時のあの瞬間を思い出してドキドキします。



はぁ…。何かまだ本題に入ってないのにこんなに長くなってしまった。
元春への思い入れの強さと自分の文章力のバランスの悪さから、
まとまりのない記事になってるのかもしれないです(ごめんなさい)。

今回はまぁ導入部ということで…次回から本題に入らせていただきます。
ではまた040.gif
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by ura-rumba | 2013-08-18 20:49 | ビックリッコ
今回は「はるちゃんの歌Ⅵ」の後半部、自称80年代マニアの男の子(お兄ちゃん)の、“子供のくせに偏った知識をひけらかすセリフ”に、少しだけ解説?ご説明?みたいなことをしていけたらと思っています。よろしくお願いします。

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ドリフも知らず、欽ちゃんも知らず、
たけしも、安岡力也のホタテマンも知らず、
「笑ってる場合ですよ!」から「笑っていいとも」に変わった直後の
ある種の不安感をもリアルタイムに体験することもなく、
ヘタがウリの欽ちゃんバンドのクドい繰り返しにイラッとすることもなく、
「サンバルカン」の奇妙さや
「夕焼けロンちゃん」のロングおじさんの目の鋭さに気づくこともなく、
音楽っつったらおじさんのドヘタな「失恋レストラン」オンリーで…


これらは「はるちゃんの歌Ⅵ」後半部、自分のしたことの重大さを今ひとつ認識していないはるちゃんのお父さんに、男の子が若干キレ気味に話した時のセリフです。

では、ここからちょっと細かく。

       ↓↓

安岡力也のホタテマンも知らず…

ちょうどこのシーンを作っていた頃、安岡力也氏の訃報を聞きまして(2012年4月)、ご冥福を祈る気持ちを込めて、セリフの中に入れさせていただきました。

さて私は小学校高学年頃から松田優作のファンでして(完全に兄の影響ですが)、「蘇える金狼」も「野獣死すべし」も、あんまり乗り気じゃない友達を無理矢理誘い、映画館で鑑賞しました。…ただこの2作品、自分が思ってた以上に“大人なシーン”の多い映画で、当時まだローティーン、ましてや女の子の私たちは、顔では平静を装いながら心は「…★◎×〇◆%?!」…ホントそんな感じでw……ん?また話が若干逸れてる?…ごめんなさい、話を戻します。で、安岡力也氏もその「野獣死すべし」に出演されていて、その役柄から、当時とても恐い印象しかなかったわけですが、それからわずか数年後「おれたちひょうきん族」のホタテマン………もう本当にビックリしました。子供たちを引き連れて笑顔で登場した時のあの衝撃といったら…心の底から笑ったし、心の底からかっこいいと思いましたよね。あ~、あの衝撃はぜひはるちゃんにも体験してもらいたかったなぁ。

ちなみにウィキペディアによると、タケちゃんマンに暴力団員役でゲスト出演した際、タケちゃんマンを呼ぶ時に使うホラ貝を間違ってホタテ貝と言ってしまったのがきっかけだったのようです。ああ、確かにそういわれてみるとそんな気が…ていうか、たったそれだけでそんなキャラクターが生まれちゃうところが、確かにひょうきん族っぽいというか、当時っぽいかも。


「笑ってる場合ですよ!」から「笑っていいとも」に変わった直後のある種の不安感をリアルタイムに体験することなく…

1980年10月、漫才ブーム真っ只中で始まった「笑ってる場合ですよ!」。月曜から金曜まで、当時人気絶頂だったお笑い芸人・漫才師たちが代わる代わる司会を担当。学校休んででも見たかったツービートの火曜日。…その人気たるや…え~と…あ~…だめだ、私の稚拙な文章力じゃ表現できない…とにかくホント凄かったんです。ザ・ぼんちは完全にアイドルでしたしね。武道館ライブやる程ですから。で、そんな、番組自体もそんなに落ち込んでる印象が無かった(と自分では感じていた)「笑ってる場合ですよ!」が突然終わって「笑っていいとも」になると聞いた時、しかも司会がタモリと知った時、今はピンとこないかもしれませんが、当時は正直「大丈夫かなぁ…」と。タモリは好きだけど、お昼の番組の司会はイメージとあまりにもかけ離れていたのでね。学校で授業を受けながら、「今日からいいとも始まった…今頃やってる…タモリ…うわぁ…」なんて、自分のことのように本気で心配していたのを思い出します。始めは確かに低迷…でもすぐにグーンとUPしたので、結果的には取り越し苦労でしたけどね。あ~、あの不安感をぜひはるちゃんとも共有したかったなぁ。


ヘタがウリの欽ちゃんバンドのクドい繰り返しにイラッとすることもなく…

「欽ちゃんの週刊金曜日」の1コーナーだった「欽ちゃんバンド」。“私たち楽器できないけどやってみよう!”“下手でもいいからとりあえず合わせてやってみようよ!”的バンドコント?みたいな感じなんすかね。いや、コントじゃないかあれは…なんだ?……まぁいいや、これもメチャクチャ人気でしたけど、友達もみんな好きで見てたけど、私にはあまりヒットしなかったなぁ…なぜか。私もそんなにちゃんと観ていたわけじゃないのであれこれ言う資格もないんですけど…ただ…繰り返しにも?限度が?あるみたいな?…まぁこの辺はサラッと流しましょう。あ~、ぜひはるちゃんにも、あのイラ●×■★%△#…かったなぁw


「サンバルカン」の奇妙さや
「夕焼けロンちゃん」のロングおじさんの目の鋭さに気づくこともなく、
音楽っつったらおじさんのドヘタな「失恋レストラン」オンリーで…


この辺はもうサラサラっといきます。


b0040296_18141575.jpg「サンバルカン」(正しくは太陽戦隊サンバルカン)は1981年2月から82年1月まで放送されていたテレビ朝日系のヒーローものです。偶然観て、しかもちょっと斜めに観て、突っ込みいれながら楽しんでた感じです。何かすっごい変だった確か。そんなイメージ。ただ…ごめんなさい具体的な内容とか全く覚えてなくて…。検索してストーリー読んだけどはぁっ???みたいな感じで自分でもびっくり。全然思い出せない。観てたことは確かなんですけどね。辛うじて覚えているのは、高層ビルだらけの新宿副都心みたいなところからジャンプしたと思ったら、次の瞬間、赤土の工事現場みたいなところにいっちゃうとかw。バルカンボールが出てきたあたりから毎回一緒のパターン化した攻撃でいつも解決とかww。でもストーリー自体の記憶はスッポリ。突っ込みどころばかりを見つけようとしていて、ストーリーをちゃんと追ってなかったのかもしれないです。

「夕焼けロンちゃん」は1978年~82年まで、TBSで夕方放送されていた子供番組。私も学校から帰ってきてからよく観てました。小中高生向けの情報番組みたいな感じでしょうかね。ロンちゃんと視聴者の子供と電話で話したりね。司会のロングおじさん(ロンちゃん)って、普段優しい感じなんですけど、たま~に、目の奥に光る厳しさというか恐さというか…言葉の中にもたま~に…まぁ、そんな感じです。

「失恋レストラン…」については後でまた詳しく(ここでは省略します)。
はるちゃんのお父さんがドヘタかどうかは…ご想像にお任せしますw

…あ~何か、薄っぺら解説ですみません!
次回は、同じくⅥ後半部、男の子の“佐野元春フリーク”な部分を少し。

ではではまた006.gif
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by ura-rumba | 2013-08-09 21:38 | ビックリッコ
さて今回は、「はるちゃんの歌Ⅵ」からセリフ等を具体的にいくつかピックアップして、それにまつわる裏話や解説みたいなことをしていけたらと思ってます。よろしくお願いします。


「気まぐれ音楽部 モンキーミュージックさん来店決定!」の貼り紙。

b0040296_1914950.gifこの辺りは、モンキーミュージックの小さな置物を購入した直後に作ったかと思います。ハードオフで見かけた瞬間、即「はるちゃん…」に出そうと決めましたからね。「気まぐれ音楽部モンキーミュージック」という名前は私が考えたわけではなくて、置物の元々の名前です(シールが貼られていました)。いかした名前でしょ?この名前だけでも買いです。どう考えても買い。いや……魔がさした?いやいやいやそんなそんなそんな。だって、気まぐれでしかも音楽部ですよ。部、ですよ奥さんw モンキーミュージックもモンキーマジックからきてるんですかねぇ~。イマジネーションをどんどん膨らませてくれる、実に見事な名前です。
この段階では、どう登場させようか、エピソードのイメージすらまったく浮かんでませんでしたが、もうとにかく「モンキーミュージック来店決定!」と貼り紙としてでも出しちゃうことで、引っ込みつかない状態に自分をわざと追い込みました。まぁそれだけ魅力的だったってことです、モンキーミュージック。(彼らについては「はるちゃん…Ⅸ」解説で詳しく)

次は、面白れすとらん・はるちゃん前で、はるちゃんのお父さんが女の子に唐突に話してくるこちらのセリフ。

「お嬢ちゃん、よーく見ると、アグネスチャンちゃんに似てるねぇ~。」

b0040296_195228.jpgこれは私が小学生の頃、近くの精肉店まで姉と二人で揚げ物か何かを買いに行った際、その店のおばさんに突然、「アグネスチャンに似てるねぇ~」と言われたことが元ネタです。そんなの一度も言われたことないのにw ちなみに、当時はアグネス全盛期より数年あとで、正直ちょっとフクザ……いや、すみません何でもありません。アグネスはかわいいし(「ポケットいっぱいの秘密」とか大好きだし)、少しでも似てればいいですけど、これっぽっちも似てないんですから。かえって嫌味w。たぶん、前髪がたまたまセンター分けっぽくなってただけだと思います。当時はそれで納得したような。6歳上の姉もダレソレとか言われてましたよ確か。忘れちゃったけど。…サービスのつもりだったのでしょうかね。そんな気遣い、はっきり言って無用でしたよおばさん♪って今更ですが。
…あ、はるちゃんのお父さんの場合は、「どうもすんずれいすぃました」がどうしても言いたかっただけです。そういう男ですよあの人は045.gif



「ほら、あれだろう?…家族八景 筒井康隆。」「…七瀬ふたたび 多岐川裕美!(強め口調でキッパリ)」

b0040296_197432.jpg「はるちゃん…Ⅵ」中盤、はるちゃんのお父さんが、隠していた事実を、心が読める(ウソ)と言う男の子に指摘された際、動揺を隠すため苦し紛れに言ったセリフです。「家族八景」は筒井康隆の代表的SF小説で、今まで何度もドラマ化され、多世代に幅広く知られている名作中の名作。続編として「七瀬ふたたび」があり、さらに「エディプスの恋人」と続きます。
私がこの、いわゆる“七瀬シリーズ”に初めて触れたのは、NHK少年ドラマシリーズ「七瀬ふたたび」でした。で、そのドラマで主役・七瀬を演じたのが多岐川裕美。「七瀬ふたたび」の、心が読める…読めてしまう…つらい…という設定は、当時の私には本当に意外というか…ある意味衝撃的でした。それまでは、心が読めたらいいなぁ、面白いだろうなぁ、楽だろうなぁ、みたいな感覚しかありませんでしたから。まさか、超能力者故の苦悩があるなんて…まだ「子供」というカテゴリに属していた当時の私にとって、まさに想像を絶することでしたね。

…で、その後に続く「多岐川裕美つったら「俺たちは天使だ!」かねぇ…」というセリフは、ホントそのままの意味です。かつてそんなドラマがあったのです。多岐川裕美さんも出演してました…正直ほんのちょっとしか観たことがなくてよくわから……あ、主題歌大ヒットした!あれあれ、なんだっけ、ほら。ショウグンの…将軍?…SHOGUNでいいんだよね…ちょっと検索…あ、ほら、SHOGUNの「男たちのメロディー」…えっ?そんなタイトル?あ~、そういえばそうかも……でーあのー…その後のセリフ「「俺たちは天使だ!」っつたらあれだ、沖…モゴモゴ…」は……え~と…あの~………やっぱり省略しますw(サラッと流してくださいサラッと)。

…とまぁ、そんなとっても古~い記憶から出たセリフということで。簡単ですが。

何か、思った以上に長くなっちゃったのでこの辺で。
…次回も引き続き「はるちゃんⅥ」の内容について043.gif
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by ura-rumba | 2013-08-01 19:27 | ビックリッコ