はるちゃんの歌Ⅴ・Ⅵ その4

前回は、一度UPしてたくさんの方に読んでいただいたものを、さらに追記して再度編集し直したり、2記事だったものを3記事にしたりと、かなりカッコ悪い更新をしていしまいました(本当に申し訳ありません!)。「はるちゃんの歌」の最終話をUpしてから半年以上が経っているため、若干の記憶違いがあったというか…どのエピソードが何話目とか、把握しているつもりでも実際はそうでもなくて…いや、大体は把握してはいるんですけど…あ~、やっぱり頭の中だけでやろうとしちゃだめですね。今後気をつけます。
で…前記事と内容が前後してしまいますが、「はるちゃんの歌Ⅴ」エピソードについて、今回、もう一度ちょこっとだけ解説させていただこうかと思っています。よろしくお願いします。

「はるちゃんの歌Ⅴ」冒頭・ひよこと女の子のやりとりについて

b0040296_10594782.jpgひよこたちが女の子の“辰二郎への想い”を見抜いて、からかい半分で童謡「船頭さん」を歌うシーン。「今年六十のおじいさん」…この歌詞の“おじいさん”だけを繰り返して歌うというw
あれは、実は私が実際に父親にやったことからきています。正確に言いますと、父(7年前に他界しました)が60歳の誕生日を迎えたちょうどその頃、ワタクシたまたまあるテレビドラマで主人公がこの歌を歌いながら船を漕いでいるシーンを観まして、「これは使える!」ということで(笑)、父・母・姉とその子供たち・そして私で某所に車で遊びに行く際、運転している父親に向かって、ちょっとおどけて私が歌い出し、それに姉が乗っかって、二人で「今年六十のおじいさん…おじいさん…おじいさん」と延々歌い続けたという事実に基づいて作ったものです。お父さん、その当時六十を迎えたことを結構気にしてましたからね。最低な娘ですw …でも父本人も、「なにバカなことを…」みたいなことは言いながら笑ってました。まぁ父の笑いのセンスはもう尋常じゃないのでw、そういう笑いにも寛大だったみたいです。
父は私と違って、輪の中心になるタイプの話し上手な人でした。それでも外ではどちらかというと「堅物」「真面目」のイメージだったかと。でも家では、絶妙な?ギャグセンスで私たち家族をいつも笑わせてくれました。時にはつまらなすぎて大笑いなんてこともw

b0040296_2058851.jpg晩年は脳梗塞による重度の後遺症で手足を動かすことも話すことも全くできなくなってしまいましたが、そんな状態でも、“目”の表情や首の動きなど、使える力を振り絞って、介護する私を、兄を、何度も笑わせてくれました。そこまでくると、私たちもただ笑うというより、笑い+感動の涙で顔がビショ濡れでしたけどね。それはそれはもう、幸せを実感する瞬間で、幸せすぎてまるで夢の中にいるみたいだった……父の状態では“奇跡”ともいえるそんな瞬間が、8年間の闘病生活に本当に数え切れないほどありました。介護の内容は“壮絶”という言葉がしっくり来るほど大変なものだったことは確かですが、私たちがそれを過酷と感じたことが一度も無かったのは(私たち介護する側が作業そのものをつらいとか過酷と感じたことは一度も無かったという意味です)、そんな、メチャクチャ明るい・メチャクチャ優しい・メチャクチャかっこいい父のお蔭だったと、心の底から思います。私たちも父に笑ってもらおうと、家族の思い出とか知り合いとか、身近な話題のネタをいろいろ……これって父の後遺症の状況を知っている方たちにはなかなか信じてもらえないのですが、本当に笑いの絶えない日々を送ってましたねあの時私たちは045.gif

…若干話が逸れちゃってごめんなさい。もうすぐ父の命日ということもあって…まぁ…少々大目にみていただけると嬉しいです。

次回は、「はるちゃんの歌Ⅵ」の内容について。ではまた001.gif
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by ura-rumba | 2013-07-24 21:02 | ビックリッコ

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